関 曠野さんから、ある人に送られてきたメール。転送OKということで、巡りめぐって私のところまでやってきました。
とても共感したので、皆さんにもご紹介します。
幸福は追求するものか?
誕生はそれ自体祝福であり、生存そのものが幸せでないとおかしいのではないか。「追求」という言い方は、業績主義の偏りが入り込んでいる気がします。
幸福は追求してはなりません。幸福を追求すると、それは虹のように消え去り、さらに人生に退屈したり自分の境遇が惨めに思えたりします。幸福を追求しようとする人は、人間は生きているだけで幸福になれるので、幸福は人生につきまとうBGMのようなものだということが解っていないのです。
幸福はこのようにとらえどころのないものですが、反対に不幸ほどはっきりした事柄はありません。だから人間は幸福を追求するのではなく、不幸を無くす、減らす、避けることを考えるべきなのです。不幸とは苦しみのことです。そして人間が体験する苦しみの中でも他人に辱められる、侮られる、傷つけられることほど不幸なことは存在しません。人格を傷つけられることほど人間を苦しめることはありません。人間は生きているだけで幸福になれるのに、こういう苦しみは人生から生きる価値を奪ってしまうからです。
そして人間が追求すべきものは、幸福ではなく希望です。
希望を失うと人間は人間ではなくなります。 (関 曠野)